第一章 出逢

「あれから1年・・・か。」
ふとこの言葉をつぶやいた。彼は、一番後ろの窓側の席で外を眺めている。
校庭にはたくさんの桜の木々に、きれいな薄紅色の花がこれでもかというほどついている。
彼の名前は、麗良 海(れいら かい)。高校2年生である。
「何しんみりしてんだよ!」
と、大きな声で声をかける人がいる。高橋 蓮(たかはし れん)である。
蓮は、海と幼稚園からずっと一緒。幼なじみというやつだ。
「ん?あぁ。なんか・・・ね。」
海はあやふやな答えを返す。
「ふぅーん。」
蓮は海の思いを察したのか、詮索はしなかった。いつもなら「何だよ、言えよ!」などと
問いただしてくるのだが、昨年の今頃の出来事・・・
あの苦い思い出のことを蓮はよく知っている。
「まぁ気にしないでくれ。それより、今日の昼休みもいつものところに行くから・・・。」
話をそらすように話題を変えた。
「そんなのいつものことだろ。わかってるって。」
「それならいいんだけどね。」 海が言ってる、「いつもの場所」。海はお昼休みになると、必ずそこに行くのだ。
 そして、3限の終了チャイムが鳴る。海は颯爽と教室を抜け出し、
「いつもの場所」に向かう。靴を履き替え、学校の裏に行く。
と、そこには校庭のものとは比べ物にならないほどの桜の大木があった。
そう。ここが「いつもの場所」なのだ。この桜の大木のところには、海しか来ないだろう。
今までも、海以外には年に二桁の人数が来るかどうかだ。
今どき、わざわざ1つの桜の木のところに来る者はめずらしい。春には桜の花が咲き誇るが、
他の生徒には、「お花見は、沢山の桜の木下で」というような定義がされているようで、
学校の裏より校庭を選ぶ。無論、その定義のなかには出店も欠かせない。
 海がお弁当を食べ終え、桜の幹の近くに寝転ぶ。桜の花の間からのぞく太陽の光が
少し眩しいが、とてもすがすがしい。いつものようにうとうとしていると、
誰かが来るようだ。海はそれに全く気付かない。そして、その人が
昼寝をしている海に近づいて行く。
「おい。もうすぐ昼休み終わるぞ!ちゃんと時間くらい確認しろよ!」
いつもの声が響き渡る。海はびっくりして勢いよく飛び上がった。
頬には当たり前のようによだれが垂れている。
「うぅーんっと。なんだ、蓮かよ。」
「なんだとはなんだ!せっかく呼びに来てやったってのに。授業に遅れるぞ!
それとよだれなんとかしろよ。」
「おっと。いけない、いけない。ふぁーあ。ねむい・・・。」
 次の授業は、言うまでもなく睡眠であった。海にとって、お昼休みの後の授業は
睡眠と決まっている。
その日もいつものように終わり、蓮と帰路に着く。そして、蓮がふと海に聞く。
「なぁ。海。」
「なんだよ。」
「おれが口出しできるようなことじゃないんだけど・・・。あれから一年経つだろ?
そろそろ好きな」
「それについては気にしないでくれ。最近はあいつを思い出すことも少なくなったから。」
蓮が話し終わる前に海は答える。蓮にはわかっていた。海の心には
まだ以前の彼女が残っている・・・と。
「わかった。それじゃあ今度・・・。」
「悪いけど、先帰るわ。じゃあね。」
「え?おい。ちょっと待てよ!」 海は、蓮の言うことを聞かずにさっさと姿を消した。ちょっときつかったかな。
蓮は思った。蓮自身も、恋愛についてアドバイスできるような身ではないし、
それに関して敏感なわけでもない。しかし海のこととなれば、
言わなくてもわかる部分もある。昔から付き合っていれば、ある程度わかるものだ。
「仕方ないか。もう少しすれば・・・。」
蓮にとって、海はもう兄弟のようなもの。蓮は海が心配なのだ。
他の人ならこんな質問はしなかっただろう。海だから・・・なのだ。
 海は黙々と歩く。いつしか学校の方へ向かっている。向かっている先は・・・そう。
あの桜の大木のもとへ。あそこに行けば、あのことが忘れられるような気がして・・・。
何も考えなくてもいいような気がして・・・。海の歩みはどんどん早くなっていく。
桜のもとへ着いたときは、ぜいぜいと息をきらしていた。そして桜へと寄りかかる。
大きな幹。大きく広がる枝たち。そこについている、たくさんの花びら・・・。
この寛大な桜に抱かれているような感覚がした。心拍数が落ち着いていく。
と同時に、心が休まっていく。
「ふぅ・・・。」
ほっと息をつく。上を向くと、相変わらず枝がしなるほどに薄紅色の花びらがついている。
そして、無意識的にまぶたが落ちてくる。本当に海はよく寝る男だ。
あれだけで走っただけで疲れたとは思わない。これからの成長が楽しみである。
 あれから1時間くらい経っただろうか。未だに海は、薄い寝息を立てて寝ている。
「そんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよー?」
急に女の子の声がする。「なんか声がしたけど・・・こんなところに人は来ないしな。
夢かぁ。そろそろ起きようかな。」目をこすりながら上を向くと、女の子の顔がある。
「うわぁ!」
さっきの声が夢だと思っていた海は、びっくりして大声をあげる。
声の元がこの女の子であったとは。全く予想していなかったようである。
「もう!そんなにビックリしなくてもいいじゃない!」
「ごめんごめん。君、1年生でしょ?」
海が問う。その容姿にはまだ子供っぽさが残っている。顔立ちは整っているが、
「綺麗」というより、「可愛い」の方があっているだろう。
「違うわよ!れっきとした二年生!二年1組の逢澤空よ。」 空はむすっとしながら答えた。
「あっ、そうなんだ。僕は十組だからね。遠いからあんまり関わる機会ないから・・・。」
「でも私はあなたの名前くらい知ってるわよ。」
「えっ?なんで?会ったことないでしょ?」
不思議そうに海が言う。海は「逢澤空」という名前は聞いたこともないし、
彼女の顔もみたことがなかった。
「海くんって定期テストでいつも十位以内に入ってるでしょ?それを友達から聞いたのよ。」
友達・・・・!?その友達には心当たりがあった。
「もしかしてその友達って・・・。」
「秋音よ。知ってるでしょ?」
秋音とは、中学校三年間クラスが一緒だった女友達である。
「やっぱり・・・。あいつ、変なこと言ってなかった?
って、もうこんな時間だ!今度また話そう!」
「えっ?うん。またね。」
「うん。ばいばい。空。」
なんかおもしろい人ね。空は思う。
「あの人、本当に私のことわかってないのかしら・・・。」
そう言って空は校舎の中へ入って行った。

「なぁ、海。もうすぐ体育祭だけど、お前何か選手するか?」
「ん?するわけないじゃん。あれ、めんどくさい。去年百m走ったけど、
ビリのほうだったしさ。寝てた方がいいよ。」
海が当たり前のように答える。蓮は呆れ顔である。
「今日のロングホームルームの時に選手決めるんだってさ。
どうせ誰も立候補しないだろうし。あぁー、めんどくせぇ。」
 「誰か、百m出場希望者いませんかー?」 
級長が声を張り上げて言う。蓮の予想通り、立候補者はいない。
いないのなら、陸上部員にしちゃえ。という考えもあるが、
このクラスには見事に陸上部員が存在しない。こうなったら、推薦しかない。
「いないのなら、推薦ですね。誰か推薦者ー?」
教室に静寂が訪れる。海はいつも通り薄い寝息を立てている。
しばらく経った後に、ある男が手を上げる。
「はーい。」
「お。推薦ですね。誰を推薦しますか?高橋君。」
手を上げたのは蓮であった。こうなれば、話は決まったようなもの。
「海を推薦しまーす。」
「海とは・・・麗良くんですね。麗良君、いいですね?」
海は、話の内容を全く理解していないらしく、
顔を机に向けたまま、面倒くさそうに答えた。
「誰でもいいからさっさと決めてくれ・・・。」
蓮は、してやったり!という顔をしている。
「じゃあ、百mは麗良君に決定ですね。」
ちょうどいいタイミングでチャイムが鳴る。蓮はにやけながら海の席へ近づいていく。
相変わらず、机にうつぶせになっている。蓮は、海の背中をバンと叩く。
まだ眠そうな目をこすりながら顔を上げる。
「今年も頑張れよ!」
そう言い残すと、蓮は颯爽と姿を消す。
「今年も・・・?今の授業って、体育祭の選手決め・・・っておい!待て、蓮!」
廊下を歩いていく蓮の肩を持ち、こちらに向ける。
「もしかして、推薦者はお前か!」
「あったりまえだろー?他に誰がいる?」
海は、呆れて声もでない、といったようである。
「まぁがんばれや。」
そして、爽やかな笑顔を残し、歩いて(逃げて)行った。

  放課後・・・。
清掃が終わると、海はすぐに帰路へと着く。蓮は、無論学校へ置いていくつもりだ。
さっさと教室を出る。各教室の前を通っていく。
「おぉ。海じゃん!たまには一緒に帰ろうぜぇ。」
声の元は秋音である。特徴のあるさわやかな声に、男言葉がたまに混じる。
こんなのはこの学校に秋音くらいだ。
「うん。いいよ。蓮は置いてきたから一人だし。」
「はぁ?なんで?」
・・・・・・・・・・・・・・・
「とまぁ、こんな感じだな。」 海は、経緯を秋音に説明する。レンガ敷きの歩道路。
どこか、ゆったりとした時間の流れを感じる道。海も秋音も、登下校にはこの道を通る。
「ふぅーん。別にいいんじゃないの?」
秋音はそっけなく答える。こんな気性なのは分かっているが、
もうちょっと関心を持って聞いてほしいものである。
「よくないだろ!あいつなら出たくない気持ちがわかるはずなのに・・・。」
「去年走って、最後の方だったからねぇ。クスクス。」
「あのなぁ・・・」
海はすっかり意気消沈している。怒る気力もないようだ。そして、少しの間沈黙が続く。
「・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。あっ。そうだ!」
声を上げたのは秋音。何か思いついたのだろうか。
古い漫画だと、頭の上に、豆電球が出てきたような感じだ。
「どうかしたかぁ?ふぅ。」
「空に教えてもらえばいいじゃないか!あの子、何気に速いんだぞ!」
呆然とする海。何を言い出すかと思えば・・・・。といった顔である。
「こないだ会ったらしいじゃん。変な人だねっ。って言ってたぞ。」
「変って・・・・。とにかく、まだ一回しか会ってないんだから、そんなのは無理だ!」
秋音が、むすぅーっとした顔で言い返す。
「そんなこと言うなよ!あたしが上手く言ってあげるからさっ!
あっ。あたしここら辺だ。それじゃあまた明日ね。」
一方的に言われる。今日の海はこればっかりである。
「おいおい・・・。一体なんなんだ。今日は。」

ある日曜日。
海は、いつも通り、家でダラダラしている。
そこにインターホンの音が飛び込んでくる。麗良家に珍しい来客。
家には海しかいない。面倒くさそうに立ち上がる。
「ピンポーン」もう1回インターホンが鳴る。
「うるさいなぁ。ほんとに。」
小声で言いながらドアを開ける。
「はぁーい。どちらさ」
言おうとした言葉が口に出る前に止まる。
海の目は、言葉の通り『丸』になっている。
 サラリとしていて、艶のあるショートヘア。端整な顔立ち。潤いのある輝く瞳。
「そ、空!?」
そう。そこに立っていたのは空である。
「なんでここにいるの!?」
海が問う。当然の疑問である。状況を上手く把握できていないようだ。
「まぁ立ち話もなんだから、部屋に入れてね。」
靴を脱ぎ、勝手に家の中へ入り込む。
「お、おい!ちょっと待てよ!」
空はさっさと二階の海の部屋へ向かう。
1発で探し当てたらしく、部屋のドアを開ける音が聞こえる。
「なによぉー。ちょっとは綺麗にしなさいよねぇー。」
勝手に入って文句を言っている。
「捨てるものは捨てる!これ鉄則でしょ?」
「いや。そんなこと言われても・・・って何してんの!?」
「何って、掃除に決まってるでしょ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ふぅ。やっと落ち着いた。」
氷の入った麦茶を飲みながら、息をつく。
「それで?何の用でしょうか?」
呆れているのが、顔に出まくっている。
「あ。そうだったわね。本日から、私が海くんの百mのコーチをいたしまーす。」
「はぁ!?なんだそれ!」
「あら。秋音から聞いてないの?」
「またあいつか・・・。この間の話はマジだったのか・・・。」
頭を右手の掌で支えるようにして、ため息をつく。
「まぁいいじゃないの。今年も恥かくつもりなの?」
顔がにやけている。確実に人を馬鹿にしているようだ。
「やります。やればいいんでしょ?」
「何よ、それ。やる気あるの?」
空の頬が少し膨らむ。
「ところで、なんで俺の家と部屋を知ってる・・・
って聞くまでもないか。はぁ。」
空が、ふふふと笑う。
「ところで、私のことわからない?」
「あ?空だろ?」
「そうじゃなくてー。」
海の顔が疑問に満ちる。空は不満げな顔をする。
「この顔でわからない?昔から変わらないね、って言われるんだけど・・・。」
「昔!?そんなのわかるわけないじゃないか。」
空は相変わらず不満顔。海の頭の中にはますます疑問符が出てくるばかりである。
「ほら!この顔よ!よく見て!」
空はじーっと海の顔を見る。海も負けじと(?)顔を見返す。
その光景は異様な雰囲気をかもし出しているようである。
しばらく沈黙が続く。これまた、異様である。
「だぁー。わかんないや。」
「もう。だめね。」
「だめって・・・。」
「それよりさっさと練習始めましょ?」
「え。はぐらかさないでよ・・・。しかも今日からするの!?」
「当たり前でしょ。練習は多い方がいいの!」
今日はいつになく暑い。天気は快晴。雲ひとつない青空だ。
天気予報では、平年にない暑さらしい。空はやる気である。
「この気温だよ!?本当にやるの!?だいたいさぁ・・・。」
空が怒りそうなのが目に見えて分かる。
「そんなに怒ると美容に悪いよ。」
麦茶を飲みながら、冗談混じりでそんなことを言う。
そして、空を見ると・・・。その後は言うまでもない。

「うっ。はぁ。痛、痛いぃ。や、やめてぇ!」
「これを過ぎると気持ちよくなるんだよ。我慢して。」
「はぁはぁ。む、無理よぉ。もうちょっとやさしくしてぇ。」
「力を入れてるから痛いんだよ。力抜いて。」
「あぁ!痛いっ!やめてぇ。」
「じゃあ、あとちょっとだけね。」
「あとちょっとじゃないわよ!はぁ。やめて。やめてって言ってるでしょ!」
「もう。柔軟をちゃんとしないと怪我するぞぉ。」
「それにも程度ってものがあるでしょっ!
だいたい、なんで私が柔軟しなきゃいけないのよ!
あなたがしなきゃいけないんでしょ!」
海の顔には、薄ら笑いが見て取れる。空の顔には、痛みからの涙がうっすらとある。
「あんたねぇ。なんか私に恨みでもあるのっ!?」
海はニヤリと笑う。
「ふふふ。いいわ。あんたなんか、あの手この手で、その弱った足腰が悲鳴を上げるまでいたぶってあげるわ。」
「ひぃ!ご、ごめんなさいぃ。」
「もう遅いわ。さあ。さっさと走りなさい!」
「ひぇー。」




〜今回のUPについて一言〜
結構謎です(^^ゞ 書いてる本人ですら、ありえないと思っております。(ぇ
また会話ばっかりですが、どうしようもないんです…。
どうにかしよう。とは思っているのですが…。
次回UPは、きちんとしたものに仕上げたいと思います。



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